くろいヘドロ

オタクです

2+2=5

「なあ、2+2は?」

 

突然太一が口を開いた。

 

「…4」

 

意味が分からないまま俺は答える。

 

「5だよ。」

 

太一はニヤニヤしながら言った。

 

「はあ?」

 

俺はため息をついた。

 

「下らない。なんかの引っ掛け?考えるのも面倒くさい。タネを教えて。」

 

「…例えば、『2+2=5』って答えないと殺される国があるとする」

 

「……はあ。」

 

「その国にとっては、2+2=4であることは都合が悪いんだ。」

 

「なぜ?そんなことあり得るか?」

 

「まあ黙って聞けって。」

 

太一は俺の質問には答えず、そのまま続けた。

 

「だからなんとかその国は2+2=5だと国民に言い聞かせることにした。国民はそれを鵜呑みにする。で、国民は愚かにも2+2=5って答えるってわけ。」

 

「まあ言ってることは理解したが…何が言いたいんだ?」

 

二重思考の説明。『1984年』って知ってる?ジョージ・オーウェル。」

 

「名前ぐらいは。読んだことはない。」

 

本当は聞いたこともない、ということは黙っておく。多分有名なんだろう。

 

「矛盾している2つのことを同時に真実だと信じる。それが二重思考。2つの思考が同時に、二重に存在するから、二重思考。」

 

「それは信じている振りではなく?」

 

「振りじゃないさ。本当に信じてるんだ。さっきの2+2の話に付け加えると、国民は2+2=4でもあると思ってる。」

 

「は?」

 

「2+2=4でもあるし、2+2=5でもある。3にもなるし、なんなら0にもなる。」

 

ぐちゃぐちゃだ。

 

「国民は『2+2=5』と『2+2=4』が同時に存在することに違和感を感じない。俺が今こうやって指を数えながら2+2=4であることを説明したら、そいつらは『確かにな、2+2=4だ。』と納得する。でも政府がいや、2+2=5だと説得したら、『仰る通りです。』と『本気』で言うんだ。」

 

「つまり、その国民は壊れてしまってるってことか?」

 

「そういうことだ。同じ数式に2つ答えがあってもいいと思考することで、違和感を正当化するのさ。…お前、酒飲むの好きだろ?」

 

「…まあ。」

 

「もし、酒なんて不健康だから辞めろ!って言われたら、なんて言い訳する?」

 

「言い訳って…。」

 

太一のその言い方に少しイラッとしたが、事実だから仕方ない。

 

「酒は百薬の長って言うだろ?って冗談半分に答えるかな。もとよりそんなこと言われても辞める気はないよ。」

 

「酒は不健康だってことは理解してるだろ?」

 

「ああ。でも好きだから飲んでる。」

 

「お前はその『酒は不健康』という事実を理解しながら、『それでも酒を飲む』ということを『好きだからいい』という理論で何とか正当化しようとしてるんだ。でもまあ、完全には出来てなさそうな感じだけど。」

 

「確かに俺はアル中一歩手前のカスだが、お前のヘビースモーカーっぷりにも、同じことが言えるだろ。わざわざ今日も喫煙可能な居酒屋に呼んできて、酒も飲まず煙草片手にこんな訳のわからない話をしやがって。」

 

俺は呆れ笑いをしながら3杯目のビールを口に運ぶ。

 

「居酒屋でなにか飲まないといけないって法律はないだろ?」

 

何本目かも分からない煙草を蒸しながら太一は言った。

 

俺はそれを聞いて、少し考えたあとニヤリと笑う。

 

「それこそ、二重思考なんじゃないか?『居酒屋は酒を飲む場所』だと理解しながら、『居酒屋で酒を飲まないどころか何も注文しない』という選択をしていることに違和感を感じていない。話を法律の部分まで飛躍させて、その違和感を正当化しようとしてるんだ。」

 

「…一本取られたな。でも居酒屋では酒を飲むべきだ。俺はそれを心の中で分かっていたし、注文しない自分を申し訳ないと、いつかしないとなあとずっと思ってた。その時点でこれは二重思考でもなんでもない。」

 

「じゃあとっとと注文しろよ。話に夢中になってただけだろ。酒が無理ならウーロン茶でも頼んでろ。」 

 

俺は太一にメニューを投げ付ける。

 

太一は渋々店員を呼び、ハイボールを注文する。店員の「やっとこいつは酒を飲むのか」と言いたげな苦々しい顔が爽快だった。

 

来たハイボールを3口ほど飲んだあと、太一は気まずそうに口を開いた。

 

「でも、そんなふうに考えていったら、俺達の周りのこの世界には俺達があらゆる方法で正当化しているだけの『認識されてない違和感』が多くあるかもしれない、と思えてくるよな。」

 

「随分飛躍したな。」

 

「テロリストとかってこういうところから生まれてくるんだろうな。あいつらは俺らより先に違和感に気付いてしまった。だから革命を起こそうとしてるのかも。」

 

太一はまた煙草に火を付ける。

 

「そもそもこの世界って現実なのか?」

 

俺は意地悪く言ってみる。

 

「俺達が『この世界が現実である』と信じることは、本来は違和感を感じるべきことだと言いたいのか?」

 

太一もまた意地悪そうに、具体的に返してくる。

 

「そうさ。」

 

まさか答えがあるとは思わなかったという驚きの顔で太一は俺の顔を見た。

 

俺は重い口を開き、言った。

 

「お前がこの話をするより前の記憶が無い。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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